伊藤ヒロ ヒストリー1

196418日に名古屋市内にて和菓子・洋菓子屋の長男として生まれる。

生まれてから高校卒業まで家業を継ぐことに対して不安などを感じつつ、

高校卒業後は東京の宮内庁ご用達のお店の和菓子屋に就職した。

しかし、

「こんな自分は世の中に必要じゃない。」

「どうせ才能もないからお菓子屋を継いでもダメ。」

「僕は誰にも必要とされていない。」

と思い、電車に飛び込み自殺をして、死にきれず、電車を止めてしまったり、

いつでも死ねるように天井からロープをつるして、何度も自殺未遂までしていた。

そんな悩みをいつもManaは聞いてくれた。

そして27歳のときにManaと結婚。

 

僕の家業をManaと共に手伝うが、どこかに違和感を感じていた。

「このまま家業を継いでいいのか?自分のしたいことは本当に家業なのか?」

と思いつつ、日本を離れ、二人で海外に住んだ。

住んだ国はグアム、ニュージーランド、オーストラリアだった。

グアムではダイビングの仕事をしていたが、ビザの関係上、

働いてもお金をいただけなかったので、

自給自足で魚やカニやエビを海で取って、

餓えを凌いでいた。

 

ニュージーランドでは、5スターホテルのペストリー(デザート部門)に所属し、

日本の和菓子を、世界を代表する著名人に提供。(今思えば大スターばかり)

僕はこの時、お菓子を作る事にはなにも抵抗はなく、むしろ、

大好きだったことに気が付いた。

自分が必死に抵抗していたのは、

「家業をつぐこと」と、

「誰がたべるのかわからないこと」だったことに気づいた。

ニュージーランドのあるカフェのオーナーから、

「就労ビザを出すからうちで働かないか?」

とお声掛けをいただき、就労ビザを取得するため、日本に帰国。

しかし、両親が猛反対。「もう、遠いところへは行かないで!」と・・・。

ニュージーランドへの再渡航はあっさりと諦めた。

 

つづく

 

ニュージーランドで一緒に働いていたマラさんと。

 

マラさんの結婚式

 

 

 

 

ハートクリエイション今後の予定です。

https://www.reservestock.jp/page/event_calendar/4792

 

6/1・2・3 伊藤マナ・高野山リトリート