再誕生  

 

心に余裕が生まれればうまくいく。

そう教えてくれるREBIRTHのカード。

このカードは、ニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」で述べている、
意識の進化、駱駝→ライオン→人間、という3つのレベルを表していると、解説書にありますが、、、、

 

また、疑り深い僕は調べましたよ。

 

解説書では駱駝は「怠惰な妄想の世界のお山の大将」とありますが、これは違います。

 

「ツァラトゥストラはかく語りき」では、駱駝は「我慢強い精神」を表しています。

 

我慢強すぎるために、重荷を背負い、自分の意志が抑えこまれているのです。

 

自ら跪き「どんな重荷がありますか」と十分な重荷を背負いたがるのです。

 

自分の強さを感じたいために、そうしているのです。

 

確かに「己の妄想の世界で自己満足している」と言えるかもしれませんが「怠惰」とは違う印象です。

 

解説書の駱駝についての後半部分、
「あまりにも他人の意見を気にし過ぎて、自分自身のエネルギーはほとんどありません」
ということはあるかもしれません。

 

さらに、左頁では
「この成長のどの段階にいようと、それを許しさえすれば、
それはなにか新しいものへと進化していくのだということに気づいていましょう」
と結ばれていますが、右頁のOSHOの講話は少し違います。

 

これら変化は意識という鏡の前でおこっていることで、
「その成長に意識は一体化はしない」とあります。

 

わけがわかりません(笑)

 

そこで、意識ってなによ?ですが、解説書の次の頁、雲のエースは「意識」です。

 

この雲のエースの右頁に

 

「僕達の本質的な実存は不滅だが、僕達のからだ、
形として現れている僕達は、かならず滅びる。
僕達がそのなかの枠、僕達の家、からだ、心(マインド)は、
物質的なものでできている。
それらは疲労し、年をとり、死んでしまう。
だが、あなたの意識はからだと心を超えたなにか、
あらゆるものを超えたなにかだ。」

 

とあります。

 

つまり、OSHOが言う意識は、今この世を生きる体と心の外側にあるものだということのようです。

 

人間は成長したり、年を取ったり、駱駝のようであったり、ライオンのようになったりするけれど、それは体と心におきていること。

 

「意識」という鏡の向こうでおきているのだと。

 

この変化に振り回されることなく、どの段階でいようとそれは去り、次がいずれやってくるのだということを知っておきなさい。

 

最終的に、左頁の結論と同じなのですが(笑)「意識」の在り場所が違いますよね。

 

そんなことはどうでもいいのかもしれませんが。

 

「ツァラトゥストラはかく語りき」は、神が死んだ世界に超人という存在を問いて歩く男の話だそうです。

 

ニーチェは牧師の子供でしたが、信仰を放棄しています。

 

我慢強く考えない駱駝→己を主張するライオン→自由で無垢で創造性あふれる子供という段階は、ニーチェ自身の変化を表現しているそうです。

 

キリスト教圏からその影響力を注視されていたOSHO。

 

禅タロットが意識の成長として、このストーリーを登場させたことに合点がいきました。

 

以上、カードの解釈からはどうでもいいような内容でした。

 

—————————————————
人間は何歳になろうと、成長し、変化していきます。

 

自分がどの段階であるといって嘆くより、
次への成長を信じて今日の自分を認めましょう。

今後の予定です(^^)/

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嘆き   

僧侶が嘆き悲しんでいます。
これは仏陀のいとこで弟子であった「あなん」が、
仏陀の亡くなった晩に嘆き悲しんでいるイメージとのことです。

 

解説書にある「あなん」の話は、一般的に言われているものと少し違うようです。
こちらに一般的なお話をかいつまんで書いてみます。

 

お釈迦様に一番近く、一番長くつかえていた「あなん」でしたが、なかなか悟りが開けませんでした。

 

お釈迦様がついにお亡くなりになる時、
「お釈迦様が入滅してしまわれたら、自分は誰の導きによって仏となれるのか?」
と嘆き悲しんだそうです。

 

その時、お釈迦様が言われた事が、「諸行無常」
「あなんよ、嘆き悲しむな。親しきものと離れ、栄えるものが衰えることは常に語ってきたことではないか。世は無常にして、生まれたるものは必ず死に至らなければならない。」

 

そして、「自灯明、法灯明」
「自らが亡くなった後は、自らを灯明とし、法を灯明とせよ」と教え諭されます。
法に照らされた自分を拠り所とし、自分を照らす法を拠り所としなさい。という教えだそうです。

 

この教えに従い、お釈迦様の入滅後も修行を続けた「あなん」は間もなく悟りを開き、お釈迦様の多くの弟子達を導いたということです。

 

「あなん」は一心にお釈迦様に従って生きてきて、お釈迦様を拠り所としていたために、なかなか悟りが開けなかったのかもしれませんね。
阿難とお釈迦様の年の差は30歳ほどあったそうですので、親も同然だったのではないでしょうか。(お釈迦様は80歳で入滅されたそうです)

 

大きな痛みや嘆きを経験して、自分と向き合うことで人は成長するのでしょう。
今日、何か辛いことや悲しいことがあったとしても、その経験はあなたを成長させるためのステップです。
そのことをわかっていれば、痛みを受け止めても惨めにはならないはずです。

 

人生に無駄な経験は無いということですね。
雲のカード。「雲は過ぎ去るから」と教えてくれた方もいます。
今日の嘆きも、大きな成長への可能性と受け止めて、一日頑張りましょう(*´ー`)ノ

今後の予定です(^^)/

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罪悪感  

突然おどろいた人も多いはず。

とにかく絵が怖いこのGUILT。色もあいまって不気味すぎる。。

でもこのカードは79枚中1番優しいカードなんですよね~!

 

このカード、女性の頭上にある黒い手が彼女を苦しめています。

ものすごい痛そうですよね。

でもこの黒い手は自分が作り出した手なんですよ。

彼女は「あの人に悪いことをしてしまった」って勝手に自分で自分を責めているんですね。

それがこのGUILT。罪悪感。

 

頭を複数の魔物?のような手が掴んでいます。
カードに描かれた女性も自分の頭を抱え、
叫び、苦しんでいます。

 

しかし、頭にのびてきている手には腕も、手の持ち主の姿も描かれていません。
この手は、この苦しんでいる女性が自分で作り出した幻影だからです。

 

自分が作り出した魔物が彼女を責めているので、
彼女は苦しみに目を閉じ、
頭上に咲く花々に気が付いていません。

 

このカードが出ると「え~?!」と思うでしょう。

 

見るからに怖い絵ですものね。

 

でも、これは現実に起きる災厄を描いているのではありません。

 

雲のスートの「雲」=「マインド」です。

 

全て、自身の心の持ちようについて言及しています。

 

人はもっと良くなりたい、もっと賢くありたい、
もっと思いやりのある人になりたい、
もっと自分が理想とする人間に近づきたいと願うあまりに、

 

理想どおりに行かなかった時、「失敗した」と思い

 

「もっと、こうすべきだった」
「もっと、うまく出来たはず」

 

「自分はなんてダメなんだろう」
「あの人に悪いことをした」

 

そんな気持ちに取り憑かれてしまう時があります。

 

こんな風に自分を罰して、
失望と絶望の堂々巡りに嵌り込んでしまうと

 

頭上に咲いている花に気がつく事もできません。

 

自分を責めるのはやめて、
あるがままの自分を受け入れましょう。

 

時に道に迷い、失敗したとしても、
それは教訓にすればいいのです。

 

そして先へ進み続けましょう。

今後の予定です(^^)/

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政治   

なんともドキッとするこの絵柄。

ただでさえ二枚舌と揶揄される政治家が
さらに仮面まで被っています。

甘く、無垢な、「私を信頼して」という仮面。
その裏に邪悪で、毒を持ち、
「おまえなんか俺の思い通りになるんだぞ」
という顔があります。
彼の心は雲に覆われた蛇と、その二枚舌に表現されています。

 

この人物は僕達の誰でもが
心のどこかに住まわせている策士です。
誘惑に負けて顔を出す嘘の仮面。
ゲームのようなものです。
どちらも真実の心ではありません。
このカードが出たら、こんな風に嘘のゲームをしていないか
自分自身を確かめてみましょう。

 

このやり方で何かを達成しても、
それは一時的な成功に終わるでしょう。
真実が暴かれた時には、
周囲の人も貴方自身も傷つくことになるのです。

今後の予定です(^^)/

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重荷  

ボロを身に纏い、疲れきった表情の人物が山道を登っています。

 

彼が背負っているのは、傲慢な雄鶏の冠をかぶった暴君。

 

「こうすべきだ」「こうすべきでない」「もっと速く、もっと頑張って頂上へ行き着くんだ!」

 

そう叫んでいます。

 

この山はあなたが登るべき山ではありません。

 

あなたにはあなた自信が征服するべき山があるのです。

 

他人の期待を背負って生きるのはやめましょう。

 

荷をおろして軽くなり、あなたが実現するべき夢の山を目指しましょう。

 

人は知らず知らずのうちに、周囲の期待に応えようとして、

 

今目指しているものが、本当に自分のやりたいことなのか、わからなくなってしまう時があります。

 

自分の中の嘘を見つけましょう。

 

真実を探す必要はありません。

 

嘘を見つけることができれば、残るのは真実だけです。

今後の予定です(^^)/

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比較  

とってもシンプルなカードです。
描かれているのは、竹とオークの幹のみ。

 

—————————————-
オークは竹のように空っぽの幹が
欲しいと願っているでしょうか。
竹が、大きくて秋には色が変わるオークを嫉妬するでしょうか。

 

木が互いを比べ合っているという考えは、この二本の木を見ている人のものです。
木はそんなことは考えません。
人間が勝手に比較しているのです。

 

この世に存在する何もかもが必然です。
そこには優劣もありません。

 

しかし、人間はこの習性を断ち切るのが難しいのです。

 

あなたより美しい人、才能のある人、強い人、頭のいい人、明らかに幸せそうな人は常にいるでしょう。
しかし、こうした全ての意味であなたに及ばない人も
常に存在します。

 

他人と自分を比較することで、
自分を見出そうとするのはやめましょう。

 

———————————————-
今日は比較でした。

 

劣等感と優越感の間に人生を
構築しても本当の幸福感は得られませんよ。
ということでした。

 

劣等感の塊の私にはイタイですね~(´・_・`)

 

劣等感が強い人っていうのは、実は欲深ですよね。
他人が羨ましいということは、
自分にないものを常に欲しがっていると
いうことでもあるのですから。

 

僕は欲が深~い人間なのですねぇ。

 

まぁ最近は年のせいか諦めもついてきまして。やっと(笑)
自分らしさってなんだろうと考えるようになりました。

 

今からでも、自分らしさを見つけて生きていこうと思いマスデスヽ(´ー`)ノ

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引き延ばすこと 

手前が灰色で奥に色が付いていますね。

これは「先延ばし」のカードです。

未来のことばかり気にしすぎて今をないがしろにしてしまっている人が描かれています。

カードの意味は「今できることは今やりましょう」です。

 

灰色の世界にいる女性がいます。彼女の目の前には窓枠があります。窓の向こうには、色彩の豊かな世界が見えていますが、彼女は窓を通り抜けていくことができません。向こうへ行きたいという心は、彼女の服の虹色に現れています。
いつでも行かれるのに、彼女は決断を引き延ばしているのです。

 

明日にした方がいい理由はなんでしょうか?

 

明日の方が、今日より勇気が出るから?
明日の方が、賢くなっているから?
明日の方が、若くなっていますか?

 

いいえ。

 

明日に延ばせば、決断は更に勇気が必要になるでしょう。
明日になれば、更に言い訳が上手になっているかもしれません。
明日になれば、一日分年をとり、より死に近づいています。

 

そもそも、明日は来るのでしょうか?誰にもわかりません。

 

今!決めましょう!
決断を引き延ばしても、鈍くて重い、行き詰まった感覚しか得られません。
窓の向こうの、光が溢れる世界へ行きましょう!

 

「いつやるの?」「今でしょ!」カードですね。
(ちょっと古い?(;-ω-)ゞ)

 

今、引き延ばしていることはなんでしょうか?
それは明日にしなければいけないことでしょうか?
勇気がないだけ。ちょっとめんどくさいだけ。
もし、そんな理由なら、今日やってしまいましょう。
後悔しないように。

 

今後の予定です(^^)/

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アイスオレーション   

 

 

このカードとしては

「悲しみとしっかり向き合い悲しみで表現しましょう」と

暗示しています。

 

OLATIONってなに?

Isolation(アイソレーション。分離、独立、絶縁)をモジってるのかな?

これが出る時って絵柄の割に深刻じゃないことが多いです。

というよりも「悲しめていない」ということが問題だったりします。

 

この「ICE-OLATION」はそういったことをいろいろと教えてくれます。

「何か悲しいことはありましたか?」と質問しても

「いや、特にはないです」

という答えが返ってくることがよくあります。

何かと何かが繋がって、あるとき急に記憶の扉が開くんですね。

カードの絵柄のようにボロボロ泣かれる方もいます。

そんなときはこちらも止めずに泣いてもらいます。

涙を流すことだけが悲しみの表現ではないですが、

とにかくとことん悲しんでください。

無理に強がらなくていいよ。

傷つけられ、痛めつけられても、泣いてはいけない。
泣くことは恥ずかしいことと教えられてきましたか?
泣くことを我慢して生きていくために、
二度と傷つけられないために、
自分の感情を殺していませんか。
このカードに描かれているのは
氷の下にある、豊かな感受性を守るために、
自分の傷を見ないために、二度と傷つけられないために
凍りついてしまった人物です。
氷に小さな割れ目が出来たら、それだけで再び傷は解き放たれてしまうのです。
そうならないために、氷の層をどんどん厚くして、この人物は顔しか見えません。
今となっては、この氷を溶かすことが出来るのは、涙だけです。
この人物の流す虹色の涙が優しく氷を溶かすことでしょう。
泣いていいのです。
泣くことは恥ずかしいことではありません。
流す涙が痛みを手放す助けになり、
傷ついても泣いてはいけないと頑張りすぎた自分を許し、
過去の傷を癒やしてくれるでしょう。
僕自信が自分の為このカードを
なかなかひきませんでしたね。
それなりの心境の変化が起きた時にちゃんとやってくる。
やっぱり、OSHO禅タロットはやめられない!

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精神分裂症  

 

日本語名「精神分裂症」ってなんとも怖い響きのカード。

カードのメインの意味は「どっちを選んでも同じ」。

投げやりな感じでしょ?

もうちょっと言い方を変えると「開き直る」感じ。

もしくは悟り?

なんせ禅の思想なので良い悪いを区別しなくていいよということ

この人物は心(マインド)の優柔不断で二元的な面に引っかかって身動きできなくなっています。

 

手を放して頭から落ちるべきか、それとも、足を放して足から先に落ちた方がいいのか?

 

「イエス」と言うべきか、「ノー」と言うべきか。

 

どちらを選んでも、もう片方の選択をすべきだったのではないかと、常にジレンマに陥るのです。

 

この状態から抜け出すには、両方を手放すしかありません。

 

解決しようとしたり、是か非かの一覧を作ったり、心(マインド)でなんとか結論を出そうとしても、出口はみつかりません。

 

もし、ハートをみつけることが出来たなら、自分のハートに従った方が良いのです。

 

見つけられなかったら、ちょっとジャンプしてみましょう。

 

ハートはたちまちどきどきしはじめますから、ハートがどこにあるのか、つかみそこねることはないでしょう。

 

どちらも選べなくて、困っていることがありますか。

 

損得を計算して選ぶのではなく、ハートに従いましょう。

 

ハートが求める法を選びましょう。

 

或いは、どちらを選んでも、もう片方が良かったと思うのなら、両方を手放しましょう。

 

ということです。

 

 

今後の予定です(^^)/

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意識  

雲のスートは心(マインド)のスート

 

カードを並べてみると、
心を病んだ人がずらっと並んでるようですよ。

 

その中で、この「意識」は暗闇に雲を祓って広がる巨大な大仏様(原文は仏陀とありますけどね(笑))

 

悩みを超えて、雲を祓ったらこんな明晰な意識があるよと、
示しているんです。

 

そんなこと言ったって、悩みは悩みなのにと言われそうです。

 

単純に忘れることです。そのことは考えない。

 

文字通り、悩みは悩みとして置いておく。ムリヤリに解決しようと苦しまない。
それでいいのではないでしょうか?
「ありの~ままの~」という、あの歌のように。

 

あの LET IT GO の翻訳、
とっても東洋的というか日本的ですよね。

 

英語は「もういいの、放っといて。もういいの、他人なんて、、」みたいな意味らしいですね。

 

脱線しました(笑)

 

何故、そんな無責任に「考えない」と言うのかといいますと…

 

ひいたばかりのカードなので、何を書こうかなと、解説書を再び読んでいて、気になった言葉がありました。

 

「その人は既知なるものから未知なるものではなく、不可知なるものへ初めて入っていく」

 

そっか、このカードはその領域を表現してるのかな?

 

でも知り得ない、知るべからず、な世界だから、あくまでイメージだ。

 

ちょっとまって?解説書の「不可知なるものへ入る」って「知り得ない世界に入る」ってことだよね。

 

そんなの簡単に出来ないよね?どうなんだろう?

 

僕はOSHOの本は5冊ぐらいしか読んだこと無いのですが、

 

この解説書の右側読むだけでも、
ちょっとフィットしないんですよね。

 

「仏の領域に自分はもういってるんだぜ」って言ってるみたいに感じるのですよ。

 

マスターですから、そうなんでしょうけどね(笑)

 

そんな風に自信満々で宣言するお坊さん、
日本ではほとんどいませんよね。

 

どこまでも、生涯、探してる~みたいな謙虚さが、
日本人にはフィットする気がします。

 

「分からないものは、分からないものとして、語り得ないことは、語り得ないこととして」現実を生きる。

 

 

この記事には「目に見えないものが役割を果たす場合もある」と結んでいますので、単純ではないですが、

 

基本は、ありのままに現実を生きる。

 

それでいいんだなぁ。

心にひっかかることがあっても、

どうにも出来ないことだったり、
まだ起きていないことへの取り越し苦労ならば、
今日はちょっと脇へ押しやって、そのことは考えない。
忘れてみることをおすすめします。
ありのままでいいのよ~
まさに「意識」でした~(。・∀・)ノ

今後の予定です(^^)/

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